浅草・浅草寺納豆

最終更新日 平成13年7月22日


 東京の下町名物、そして外国人の方が多く訪れる観光名所と言えば、
雷門の大提灯が有名な浅草は浅草寺です。
 平成13年7月14日、突然、浅草寺にやってまりました。
 もちろん、浅草寺で納豆を食べるためです。
 
 593年〜628年にわたる推古天皇の最後の年、628年3月18
日の早朝、漁師の檜前(ひのくま)浜成(はまなり)、竹成(たけなり)
の兄弟が宮戸川(今の隅田川)で、投網漁をしていたところ、網に黄金
に光る観音像がかかったそうで、これが浅草寺の聖観世音菩薩です。
 その二人の漁師が、土地の教養人である土師真仲知(はじのまつち)
に観音像のことを知らせたところ、これは尊い観音像だということで、
その後、自分の屋敷を改造して、出家し観音像をお守りしたのが浅草寺
の始まりであり、「三社祭り」のもととなる浅草神社、三社様(浅草寺
創建に関わる浜成、竹成、仲知)の由来ということです。
 江戸時代には境内に多くの末社ができ、お稲荷様も弁天様もお地蔵様
もありとあらゆる末社が境内にまつられたそうで、まさにお参りの
バーリトゥード!何でもありといった感じです。
 
 早速、雷門の大提灯の下に行き、ヒップバックから割り箸と納豆を取
り出して、納豆を18回攪拌。

 今回の納豆は、新潟から持参した山ノ下納豆さんの「粒自慢」(新潟
県新潟市山木戸7丁目6-47 電話 025-273-7421)です。
 多くの外国人観光客や、客待ちをしている
 
 「俺、このバイトでジィ〜マァでやってるんッスよ。
  体力もつくし、なかなかいー感じッス!」
 
と言いそうな人力車の茶髪ニーちゃんが見守るなか、かき回しておりま
すと、案の定
 
 「オイ・・・あれっ、見ろよ」
 「Hey!」
 
などを、数名に指をさされました。
 いままで全国各観光地で納豆を食べてきたプライドもございます。
 こんなことで怯む私ではございません・・・とは思ったものの、外国
人観光客からのあまりの視線に、
 
 「ハッ!
  これで日本人が変な風に思われては、ご先祖様に申し訳ない・・・」
 
と着信してもいない携帯を取り出し、
 
 「ヨボセヨ?」(韓国)
 「マアフ?」(インドネシア)
 「ハンロー?」(タイ)
 
などと外国人のふりでもしようかと思いました。
 しかし、これは民族的な意味で軽率な行動でございます。ヤポンスキー
のナットウスキーである三井田としては、しっかりと日本人であることを
アピールし、納豆を食べなければなりません。
 とは言うものの、あまりの注目度に、納豆をヒップバックにしまいこみ、
仲見世を見学するといった感じで雷門を後にしました。
 初の【敗北】でございます。
 
 浅草寺は、大道芸や新吉原、歌舞伎座なども移ってきたという、「聖」
と「俗」が結ばれた珍しい民衆の寺でもありますので、しばらくは「俗」
を楽しみことにしました。
 ちなみに、そのお陰で、
 
 「壱番屋 手焼きせんべい 納豆」
 有限会社 飯田屋
 東京都台東区浅草1の31の1
 
を発見することができました。
 

 浅草寺の本堂の前につき、おもむろにヒップバックから納豆を取り出し、
記念撮影の後、ズボボーと一気食い。


(クリックすると大きな画像が表示されます)

 気温35度の暑い日でしたので、二次発酵しまくりの浅草寺納豆でござい
ました。

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