特別講演会 利根川進博士「生命科学」

  最終更新日 平成13年8月12日

 納豆とは全然関係ありませんが、平成13年8月12日(日)、新潟
県柏崎市・柏崎市民会館にて行われた「[特別講演]利根川進博士
21世紀の生命科学」に行ってまいりましたので、ご報告致します。
 
 老若男女、世代、性別を問わず多くの聴講者が集まるなか、知性を思
わせる雰囲気のライトショーで始まった特別講演。

 第一部は、「科学 21世紀のキーワード」と題して、科学ジャーナ
リストであり、日本科学技術振興財団理事、国立科学技術館副館長であ
る餌取章男氏の科学のお話です。

 
 先日、ノーベル賞を受賞された白川博士の電気を通すプラスティック
(導電性プラスティック)の研究結果とその業績について、身近な利用
例であるテレビ等のリモコン、携帯電話を取り上げ紹介し、その後ノー
ベル賞の由来から21世紀の科学の課題というお話になりました。
 いままでノーベル賞を受賞した技術が人々に役立つだけでなく、戦争
などの人類の破壊にも使用されたという事実は、誰もが知るところです
が、餌取氏はそこに21世紀の科学の課題があり、「個人の幸福」のみ
に科学が使用されるようにすることが重要だと主張されていました。
 続いて、いままでの科学で飛躍的な発展を遂げた、1957年10月
4日に始まる宇宙開発のお話があり、ロマンを感じたのでしょうか、ま
わりの聴講者の皆さんは釘付けとなっておりました。
 最後はこれからの科学技術で重要となる以下の3つのキーワードを紹
介されました。

 ・IT(Infomation Technology)
   1946年に最初のコンピュータが発明されてから、トランジ
  スタの発明により飛躍的に技術が向上し、小型化が進んでいる。
   発明からわずか50年しか経っていないが、これからもいまま
  で以上の加速度で発達していく。
 
 ・NT(Nano Technology)
   ナノという極小(原子10個で1nm)を扱うテクノロジー。
   60個の炭素原子がサッカーボール型(フラーレン)に結合し
  炭素化合物(C60)の発見がこれからのナノテクノロジーを
  切り開く。
   また、飯島澄男博士がアセチレンガスのなかで見つけた、炭素
  原子がらせん状につながった筒状の「カーボン・ナノ・チューブ」
  も、ナノマシン、半導体などナノテクノロジーでの応用が期待さ
  れる。(筒のなかに色々な物質を閉じ込める等)
 
 ・BT(Bio Technology)
   生物のクローニングが可能となり、一世紀前では予想のでき
  なかった生命の操作ができるようになった。
   1953年ワトソン博士(当時26)とクリック博士(当時
  30代前半)によるDNAの発見から、ゲノムの読みとり等、人
  間の本質が物理的にわかる時代がくる。
 
 約40分にわたる分かりやすい科学のお話で、現代科学のトレンド
も含まれた素晴らしい構成でした。
 
 10分の休憩ののち、いよいよ第二部「21世紀の生命科学」、ノー
ベル生理学医学賞を受賞された利根川進博士のお話です。
 DNAの映像、スモークのたかれたステージに登場された利根川博
士は、挨拶もそこそこに
 
 「21世紀の生命科学のキャッチキーワードは心の機構の解明です」
 
と明言され、ご自身が生命科学にかかわるまでの経緯からお話を始め
られました。

 1959年、京都大学理学部化学科に入学した利根川博士は、化学
の研究者になりたかったそうですが、3年生の終わりまで化学を勉強
したところ、ご本人曰く「若気の至り」で化学の世界が伝統的・閉鎖
的だと感じ、現象を観察してから発見することに面白みを感じなくなっ
たそうです。
 そんななか、ある先輩に分子生物学がアメリカで勃興しているとの
お話を聞き、化学の卒論を「うまいこと」済ませ、分子生物学を学べ
る大学院を探したそうです。
 ちなみに、利根川博士がノーベル賞を受賞したのち、日本の新聞記
者が利根川博士の京都大学時代の卒論を探したところ、「見つからな
かった」そうで、ご本人の
 
 「書いてないから、あるわけありませんね」
 
との一言に場内から笑いがこぼれました。
 さて、分子生物学を学べる大学院を日本国内で探しても見つからな
かった利根川博士は、まだ日本人が海外に行くことが容易でなかった
1963年に、アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校の分子
生物学に入学し、5年間で博士課程を終えられたそうです。
 その後は、免疫学を中心としたアメリカ国内の研究機関に所属され、
免疫学を入口として、分子生物学の知識を深められていったそうで、
そのときに驚きに満ちて覚えたことを、分かりやすく、DNAの基礎
知識、免疫系の仕組みという順で紹介されました。
 
 ・DNA → RNA → タンパク質
 (複製可)
   タンパク質を作る青写真(DNA)は同じだが、遺伝子発現
  (それぞれの体の部位で異なった制御をされる)があることによっ
  て差異が生まれている。
 
 ・細菌やウイルスに囲まれて生活している人間には、感染から防御
  するシステム(免疫系統)が確立している。
 
   外部からの侵入(抗原) → それに結合できる抗体を製造
                   → 抗原と抗体と結合し、対処
 
  人間が色々な種類の抗原に対応できるようにするためには、違う
 遺伝子が必要になるが、人間が一生の間に対応しなければならない
 抗原は10億のオーダーであり、それに対する遺伝子(リンパ腺)の
 種類は10万個(最近の研究では、3万〜5万)と言われている。
  10万種類の遺伝子で10億種類の抗原に対応する仕組みが分から
 ず、ジェネレーション・オブ・ダイバーシティ(GOD)という名称
 で問題になっていた。*短縮名のGODから神の問題とも言われた。
  → 人間の遺伝子は人間の一生の間に大きく変化することはないと
    思われていたが、抗体を作る遺伝子に限って、人間の一生の間
    に遺伝子の組み換えや突然変異が高頻度で起きてることが分
    かった。
 
 20世紀前半は理論物理学(量子力学)、後半は生物学、分子生物が
飛躍的発展をし、21世紀は生命科学がそれにあたる、と再度、生命科学
の重要性を強調されたのち、本題である心の科学のお話となりました。
 体と心は独立した別のものなのか、これをデカルトの二元論(人体は
機械、心を別)とヒポクラテスの脳を中心とした一元論を用いて、この
問題自体を分かりやすくご説明されました。
(哲学専攻だった私としては、懐かしくも非常に興味深い内容で、ここ
 で質問をしたいところでした)
 脳が心であり、その機能を解明することで人間の心がわかるとしたう
えで、記憶と海馬で使われている遺伝子の関係(マウスによる実験結果)
や、図形の認識問題を紹介されました。
 特に、四角の絵(立体面が変わる絵)、有名な花瓶の絵(人の横顔に
見える絵)において、人間の脳がものを認識する際に特定のスイッチを
行っているからこそ、見え方が変わっているというお話には聴講者の
方々から驚きのため息がでておりました。
 その後も人間の認識とは何かというお話をしたのち、現時点で分かっ
ていない領域が多々あるものの、この先の生命科学の進歩の速度は急速
(利根川博士曰く、対数的な加速度)であり、心が科学によって解明さ
れる日がくると力説され、講演終了となりました。
 
 場内が感謝の拍手につつまれているなか、お約束で質問攻撃をしよう
と思ったのですが、質問タイムはなく、そのまま会場の明かりがついて
お開きでした。
 昨年、つくば市で行われた第3回国際大豆加工会議の質問タイムで
まっさきに質問して、大豆食品関係者に怪しまれた私ですが、実は質問
魔です。質問するためには、お話を深く理解しなくてはなりませんし、
なおかつ鋭くツッコミをしなければ意味がありませんので、気合いを入
れて講演を聞くことができます。それゆえ、講演者に対し、必ず質問を
するよう心がけているのですが、今回は質問タイムがなく残念でした。
 
 質問タイムはなかったものの、今回の講演は大変興味深く聞くことが
でき、素晴らしい時間を過ごせました。
 主催された皆様に感謝しつつ、報告を終わります。

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